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「そう、そんなことが」
東郷の綺麗な横顔が、
薄暗いバーのライトに照らされている
「参っちまうよ、まだ着任してから
1ヶ月も経ってないのに」
バーボンをちびちびと飲む
「でも…大曾根くん、こっちに来て落ち着いたわ」
「落ち着いた?」
「えぇ。何故だか分からないけど」
クスリと笑いながら
「お前のおかげかな?」
と、遊んでみる
東郷は、あら、と呟き
艶めかしく豊かな黒髪を耳にかけた
「胸を貸してあげてもいいのよ」
あの時みたいに
独り言のように呟かれた言葉が
俺の耳にまとわりつく
「あの時は、俺がお前を慰めてやったんだろ」
「分かってるわよ、ごめん、言いすぎた」
「まさかお前があんなに泣くとは思わなかったよ」
ちらっと東郷の横顔を見やる
東郷は、相変わらずどこを見ているか分からない
「そりゃあ、入社したての20歳そこらの時に
誰とでも寝る女だなんて噂流されたら
傷つくに決まってるじゃない」
「まぁな」
「あの時、大曾根くん、噂流してる先輩を
みんなの前で殴ってくれたよね」
「そんなことしたかな?」
「あの頃から、私はずっとあなた一筋よ」
「よく言うぜ、大企業の御曹司捕まえときながら」
バレてたか、と、戯けて舌を出す東郷。
「とにかく、火遊びは、相手を選びなさい」
これが言いたかったのか
俺はここまで来て、やっと気付いた
「特にあなたは真面目なんだから
40前で恋愛にうつつ抜かして
私の可愛い後輩を泣かせるなんてことになったら
許さないからね」
「はい」
田中さんの事を言いたいなら
お門違いもいい所だ
あんな子と、火遊びなんてする訳がない
いや、それは東郷自身が1番よくわかっているはずだ
じゃあ、なぜ?
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