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会もお開きになり、二次会の算段が進んでいる
違う、俺が探しているのは
…あ、もう帰ろうとしてる
「田中さんっ」
あれ、振り返らない
少し走って追いかける
これ、気持ち悪がられるやつじゃないか
まぁいい、酔いに任せよう
「田中さんっ待って」
「ど、どうしたんですか」
田中さんが少し怯えた目でこちらをじっと見つめる
俺の身体の体温が、上がる
「さっき、田中さんとだけ話せてなかったから」
本心だ
上司として、挨拶くらいはしておきたい
おかしくない、おかしくない
田中さんは少し安心したようだ
「ごあいさつ遅れてすみません。
これからもよろしくお願いします」
ぺこり、頭を下げる
「こちらこそ。新米部長で迷惑かけると思うけど
お手柔らかによろしくお願いします」
はいっ
と、右手を差し出す
普段では考えられない行動
全部、酔いのせいにしてしまおう
全部
田中さんは一瞬戸惑い、少しおびえながらも
小さな右手をそこに合わせて握手を交わす
そりゃそうだよな
少し申し訳なくなってきて
俺は口早に
「家近いよな?気を付けて帰るんだよ。
じゃ、また明日、会社で」
と告げて、元来た道を引き返す
「大曾根ーどこ行ってたんだよー」
東郷がフラフラしながらこちらに近づいて来た
「おい、仮にも上司だぞ」
と笑いながら、二次会へ向かう
かすかに残る田中さんの手の感触が
俺の心を暖かく照らしていく
そんな気持ちになった
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