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母親をじっと見つめたまま、由良は黙考した。
何が一番正しいのか。
母親の為に、何が一番良いのか。
結局、考えの行きつく先は、これしかない気がした。
由良は、心を固めると、救急隊員に申し出た。
職場の近くの病院でお願いします、と。
それが正しい気がした。
由良の家から、職場がある駅までは、電車で八駅あるが。
何かがあった時には、職場の近くの方がいいと判断した。
平日、由良のようなOLは、週のほとんどを会社で過ごしている。
家に居る事がほとんどないのに、病院を家の近くに決めるのはどうなのだろうと思ったからだ。
母一人、子一人。
たった、二人だけの親子だ。
出来うる限りの事はし続けたい。
由良は、母が父と離婚をした三歳の頃からずっと。
母親と二人、支え合うようにして生きてきた。
まだ、物心がつくかつかないかくらいの由良を、母親は腕に良く抱いては。
こんなに愛しい子はいないと言って、由良の頭を撫で、額や頬に口づけた。
『由良が居れば、お母さんは大丈夫。何でも出来るよ』
母親は、繰り返し、繰り返し。
そう言い続けた。
由良がそのまま、保育園、小学校、中学校、高校と育つにつれ。
額や頬にキスはしなくはなったが、母親はいつも何かにつけて、由良を抱きしめた。
『由良、お母さんが守ってあげる』
由良は、いつのまにか、自分より背丈が小さくなった母親の力強い両腕に包まれながら、そう言われて育ってきた。
由良もまた、自分より小さくなった母親を抱きしめ返しては。
『私も守るよ』と。
母親の短めの髪に頬を擦りつけ、そう言ってきた。
由良と母親は、互いを宝物だと言ってきたし。
かけがえのない存在だと、伝えあって来た。
それは、由良が二十四歳になり、某大手販売会社の営業事務になってからも、変わることのない思いだ。
由良は、蒼白の顔で目を閉じている母親の顔を見つめたまま。
ストレッチャーの上に置かれている母親の手を、そっと握った。
一生懸命に働き続けた、小さな手。
由良は、そっと大事に、両手で包み込んだ。
この試練をどうにか超えて、その先には、お母さんと笑いあえる日が来るんだ。
ガタゴトと思いのほか揺れる救急車に乗られながら、由良はずっとそう自分に言い聞かせていた。
言い聞かせてきたのだ。
倒れたその日から、毎日、ずっと。
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