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 君が空に旅立った一年目のこと。  この年は本当に大変だった。  はじめは葬儀やお墓のことなど、やらなけれはいけないことが、本当にたくさんあった。その時は幾分か忙しさに気持ちが紛れて良かった。  本当に大変だったのは、それらが一段落した後だった。炊事洗濯掃除と私は一切の家事をしたことがなかったのだ。その時、君がそういったことや育児を、小さなその体で全て(にな)ってくれていたことに気付かされた。  暫くは外食や出前を頼んだりした。勿論美味しかったが、二週間も経たず飽きてしまった。君の作る料理は三十五年間一度も飽きなかったのに。不思議なものだなぁと感じながらも当然だと思った。  時々、和彦と香奈さんが私のことを心配して顔を見に来てくれた。たわいもない話をしたり、少し掃除をしていってくれたりと家族の有り難みも再認識した。  一月過ぎた頃だった。ようやく私は自炊を始めた。生前、君が書いてくれた手書きのレシピを必死に目で追った。  好物の肉じゃがにきんぴら、油揚げと大根の味噌汁を作った。慣れない作業にあたふたしながらも、出来上がったそれらの味はまさしく君の作る料理の味だった。  一口食べ感動し、  二口食べ懐かしんだ。  三口食べた辺りから急激に寂しくなった。  バラエティー番組をつけても、大好きな歌手のレコードをつけても、何をしてもぽっかりとあいた穴は埋まることがなかった。  笑いながら言う「お父さん」  怒りながら言う「お父さん」  君の様々な声色で呼ぶ「お父さん」の代わりになるものなんて、世界中どこにもありはしなかった。    ある日、君から頼まれていたことをふと思い出した。大切にしていた花壇の手入れだ。  君の書き残した『花壇お手入れ帳』を慌てて開く。チューリップ、スイセン、ヒヤシンス。これらの球根は九月から十二月に植えると書いてある。だが、残念なことに既に二月になっていた。  もう間に合わないかとも思ったが、春に縁側から見える、色鮮やかな花壇の花達を思い出し、大急ぎで植えた。  四月、植えた球根達は小さな芽を出し、それから暫くするとポツポツと蕾をつけ始めた。  五月、花を咲かせたのはほんの一握りだった。君のお気に入りだった花壇の眺めとは程遠かった。
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