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その帰りだった。
私は軽自動車に轢かれそうになった。間一髪避けたのだが、無理な体勢で右の足に負荷がかかり、痛めた。
医師の診断は骨折だった。
足を悪くしてから、少し外に出るのが億劫になった。
密の薄くなった骨の治りは遅く、歩けるようになるまで三ヶ月も月日を要した。それでも完治とは程遠く、元々細かった足は更に細くなってしまった。
思えばこの頃からだったかもしれない。私は物忘れが多くなってきたことを自覚した。
老眼鏡、財布といった普段必ず身につけているものなども、よく見失った。
そして作り慣れた料理さえも、君の手書きのレシピを見ずには作れなくなっていた。
君が空に旅立った五年目のこと。
気が付くと私は病院のベッドで横になっていた。自力で起き上がることもできず、食べ物を咀嚼する力も僅かなものとなった。
いよいよ君に逢える日も近付いてきたなと思った。
最後の力を振り絞り、和彦に遺書や葬儀、お墓のことを伝えた。これに関しては『終活』をしっかり済ませておいたので和彦に頼むことは少しだけだった。
火葬の際、そちらで君と一緒に使いたいものや見せたいものを燃やしてくれる手筈となっている。
一緒に作った二組の湯呑み
それに注ぐ掛川茶
君の好きだったお花
二人で撮った写真
沢山の本
これだけあればそちらでも退屈はしないだろう?
あぁ。
もうすぐ逢える。
君のいない五年間は本当に長かった。そっちにいっても、また宜しく頼むよ。
なぁ、お茶を淹れてくれないか?
君の淹れたお茶がないと、私はどうも調子が出ないんだよ。
なぁ、鼻歌を聴かせてくれないか?
君の鼻歌を聴かないと、私はどうも調子が出ないんだよ。
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