1章

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   修羅場を覚悟してなのか、母はタイには一人で行くと言った。それに異存はなかったけれど「凛には私の友達の家に行ってもらう」と言われた時は「あり得ない」とすぐさま拒絶した。「もう高校生なんだから一人で留守番くらいできるよ」と言っても「高校生の女の子を一人置いていくわけにはいきません」と母も引かなかった。  母の両親は神奈川で長男夫婦と暮らしているが、兄嫁とそれほど仲が良くない母はそこに凛を預けたくなかったのだろう。父とのことを聞かれるのも嫌だったに違いない。父の両親はすでに亡くなっていたので、母は携帯のアドレスを何度も見て娘を預けられそうな相手を探した。  そうしてみつけたのが、もう三年も会っていないという七海だった。しばらく会ってないけどメールはしていたし、子供のときから知っているから信用できる、というのが母の言い分だった。七海が「別にいいよ」とあっさり了承したことで話は決まってしまった。  凛が最終的に母の提案を受け入れたのは、七海の家が吉祥寺にあると聞いたからだ。凛は東京に数えるほどしか行ったことがない。小学生の頃に親と行ったディズニーランド(これは千葉だし)と神宮球場(父がヤクルトファンだった)くらいだ。  だから憧れの東京、しかも吉祥寺に住むというのは凛にとってとてつもなく魅力的なことだった。行きたいところだってたくさんある。  問題は、しっかりものだという七海がどれだけ口うるさいかってことだ。母親みたいだったら最悪。  そんなことを考えながら、凛はキャリーバッグに持っている中でおしゃれだと思える服を厳選して詰め込み、吉祥寺を特集した雑誌を購入し、準備万端でこの日を迎えたのだった。
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