【第1章】黄金の王子と亜麻色の姫

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【第1章】黄金の王子と亜麻色の姫

    1  男が立っていた。  壮麗な刺繍が施された衣を身に纏い、背筋を伸ばして立つ姿は、力強くしなやかだ。  吹き荒ぶ乾いた風が、男の長い黒髪をたなびかせてゆく。褐色の肌は、大地の茶よりも更に濃く、陽の光が顔に陰影を落として、その表情はよく見えなかった。  二人の間を、風が通り抜けていく。遙かな草原とどこまでも続く蒼天。動かない二人の頭上に、白い雲が静かに流れていく。  男は右手に短剣を握り、左手で豊かな黒髪を器用に一纏めにすると、ためらいもなくその短剣で髪を切り落とした。  はっと息を呑む。  風が、男の手から黒髪を攫い、はらりと舞うのを目で追っていると、男は音も立てず近づいてきて、膝を折った。  男は、切り落とした髪を美しい色彩で編み上げた太めの紐で一括りにする。それを差し出し、見上げて来る双眸は、空の色と同じ青色だった。どこか懐かしい、その美しい青。 「捧げよう。お前に」  捧げられた髪。それを受け取るのに戸惑い、彷徨う手を、男の赤褐色の大きな手が掴んだ。そして白い小さな手の上に、結ばれた髪の束をのせる。 「俺は、お前と共にある」  不思議な響きの言葉は耳慣れないものだったが、低く響く男の声は心地よかった。  二人は手を重ね合い、いつまでも互いの温もりを感じていた。
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