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「兄上、どうなさったの? ねぇ、こちらに来て。一つだけ動かない本があるの」
物思いに耽っていたグラナードは、妹の呼びかけに応じて本棚の側へ寄った。そしてカルミアが指差す一見何の変哲もない蔵書に指をかけて引き出そうとした。
「本当だ。ビクともしないな」
両脇の本は普通に動くのに、その本だけ本棚に嵌りこんでしまったかのように動かない。その時、グラナードの頭の中で言語の教師が言った言葉が不意に思い返された。
「押して駄目なら、引いてみること。引いて駄目なら押してみるか」
そう言って本をぐっと押し込んでみると、本は奥へ吸い込まれていき、ガチャという鈍く低い音がした。
「兄上!」
カルミアは驚きの表情でグラナードを見上げる。やがて、ガガガ、という軋む音ともに本棚が右側に動き、本棚があった場所に暗い通路が現れたのだった。
「どうする? 行ってみるか?」
灯りのひとつもない暗く冷んやりとした通路を見つめ、グラナードは妹を思い遣ってそう問いかけると、カルミアは至って明るく「行くわ!」と笑った。
子供の頃から変わらないその笑顔が、グラナードを何度救って来たか。グラナードは常に前向きで真っ直ぐな妹の存在が、いつも眩しかった。
「よし、行ってみよう」
二人は手を繋ぎ、その暗い道に足を踏み入れた。
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