第3章 大貫 幸恵

22/34
前へ
/325ページ
次へ
『返してよ゛!!』 死に物狂いで取り返そうとしたが、向こうはどんどん仲間が増えて、投げ回しがはじまった。 『大事な物なの! や゛めてっ!』 『うぉーい! 珍しくマジじゃん』 『ほら、書いてあるぞ。ガンバレー!』 『『ガンバレー』』 『『ハハハハハハッ……』』 何度も机の角に腰を強打して、それでもめいっぱい手を伸ばす。 骨がいくら折れたって構わない。みんなからゲラゲラ笑われるのだってどうでもいい。 絶対に、絶対に取り返したかった。 『だったら追いついてみろよ! デーブ!』 あいつは廊下に出て、中央階段に向かう。 もちろんすぐに追いかけた。すぐ横で舌をだす取り巻きの男子に目もくれず、とにかく必死で。 やがて、うすら笑いを浮かべながら屋上に出た。 ゼエゼエと切れる息の合間に、切実な願いをぶつける。 『ン゛ッ、返して……な゛、何でもするから゛! 本当にハァハァ゛、大事な物な゛の゛!』 すると、ニヤリと笑って言う。 『お前にしてほしいことなんかねぇよ! ばーかッ!』 『ィャ……』 手から筆箱が離れ、そらと空が重なる静止画。 スローモーションで舞うペンや消しゴムに手を差し伸べても、遥か奈落の底に落ちてゆく。 『イ゛ヤ!』 すぐに遠くで聴こえた。カシャンッという絶望の音色が。 『ヤだ……イヤだヤだ』 私は階段を駆け下りて、唯一の支えを助けに行く。 でも……。 『…………』 バラバラになっていた。 『っ……』 骨がいくら折れたって構わない。だけど、心が折れたら立っていられない。 『ごめん……そら、ごめんッ゛……』 散らばった思い出をかき集めていたら、 『筆箱ぐらいで泣くなよー。買ってやろうかー?』 『『ギャハハハハッ』』 と、屋上で笑うあいつら。 許せない。 そんな感情も湧かないくらい、私の心は途方に暮れていた。  
/325ページ

最初のコメントを投稿しよう!

72人が本棚に入れています
本棚に追加