第1章 大橋 敬太

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「どうぞ、お入りください」 フロアの照明と同程度の薄暗い面持ちで、看護師は霊安室へと俺たちを導く。 「刑事さんはちょっと」 だが、俺と沙奈を蚊帳の外にするように、金属製のドアは閉められた。 「新八さん……」 顔に掛けられた白い布を捲る気にはなれず、線香をつまんで立てる。 この作法に戸惑いが起こらない俺は、いかにも死に慣れ過ぎた。 ――……。 狭い静寂に包まれ、哀惜の傷口が広がる。 数分後、嗅ぎ慣れたくはない煙が大きく揺れたのは、宇治木がドアを勢いよく開けたから。 「何の話だったんですか?」 合掌したあとで訊くと、彼は浮かない顔をして答える。 「遺体を引き取れる親族を知らないかって」 瞬時に頭をよぎったひとりの女性、兵藤君江。 新八の後妻であり、磨理子の継母でもある。 だが、山奥の病院に幽閉されている君江に引き取りは不可能。 そもそも、彼女が伊達事件の影の首謀者だと知る俺は、新八を渡したくないと嫌悪感が湧く。 「他に親族がいないか捜しだして、遺体を弔ってもらうよ」 そう呟き、冷たくなった手を握る宇治木。 「本当に……お疲れ様でした。もうすぐ奥さんに会えますよ」 彼は新八を実の親のように見つめながら語りかけた。 話すべきか……、伊達事件の真実を。 「…………」 いいや、知らないほうがいい。 俺は静観し、真実をも喪に服させる。 この時はそれでいいと思っていた。  
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