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中庭に植えられた紅葉は徐々に赤味を増していき、校庭の木々も黄色く色づき始める。教室の窓側はそういった季節の変わり目を教えてくれる場所だ。稲村と桜井、持田の3人は休み時間になるとこの教室の窓のところに集まることが多い。
「全く、笑わせてくれるよな」
桜井が笑いながらそう言うと、
「ホントやめてよね。恥ずかしいんだから」
持田はあきれた顔で言う。
「いいだろ別に。大体さぁ、数学なんて俺の人生の何の役に立つんだよ。俺はいずれ東京ドームに55,000人を集めるトップミュージシャンになるんだから、数学なんて要らないの」
「そう。でも少なくとも、1年半後の高校受験には役に立つし、必要だと思うわよ」
持田はドヤ顔で話す稲村に真顔で正論を唱えた。
「このままだと県立第一高校、届かないんじゃないの?」
「別に受験なんてどうだっていいよ」
「どうでもよくないわよ。だって……」
持田はそう言うと押し黙った。
「だって、何だよ」
「別に、何でもないわよ」
稲村の問いかけに対し、持田はばつが悪そうにそう言った。
県立第一高校は県内で1番の進学校。もともとはバンカラ気質の男子校だったが、15年前から共学になって女子にも門戸が開かれた。医師を志す持田にとって県立第一高校への進学は夢を叶えるために不可欠だが、持田の成績に比べると稲村の成績は正直なところ芳しくない。持田は密かに稲村と一緒の高校に進学したいという願いを持っていたが、このままだと1年半後の春には離れ離れになってしまう。
「そういえば、今日はちゃんと出なさいよ!放課後の合唱の練習。昨日仮病使って帰ったでしょ?」
「うるさいなぁ。俺の仮病は持病なの。それに、合唱なんてダセェよ。だいたい合唱祭なんてのは俺の音楽魂には合わないの」
持田の批判に対して面倒くさそうに答える稲村に対し、
「はいはい。言い訳はいいからつべこべ言わずに練習出なさいよ」
と持田が言ったとき、始業開始のチャイムが鳴った。
「あ、萌ちゃんの英語だ」
稲村はそう言うとそそくさと席に着いた。萌ちゃんとは、新任の英語教師である新川萌のこと。澄んだ瞳をしてスレンダーな体型の新川は男子生徒から大人気だ。そして稲村もそんな「新川親衛隊」の1人である。稲村の姿を持田は呆れた顔で見ながら自席に戻った。桜井はそんな持田の後ろ姿を複雑そうな顔で見つめていた。
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