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第1小節・ドームツアー
地響きのようなアンコールの手拍子を聞きながら俺はエレキギターを手に取った。そしてペットボトルの水を口に含み、呼吸を整える。
今日はドームツアーの最終日。55,000人の観客を収容できる東京ドームは満員だ。
「よし。ラスト1曲だ。みんな、気合いを入れていこう!」
俺がそう言うと皆が拳を突き出す。皆の拳を中心とした円が出来上がった瞬間、
「オー!」
と、全員の掛け声が1つになった。
皆が舞台袖から出ていき、俺が舞台に戻ると、盛大な拍手と大歓声が東京ドームを包み込んだ。
俺は聴衆に手を振って応えると、歓声はさらに大きくなる。
バスドラムの音が爆音を鳴らし、ハイハットの音が共鳴する。
「アンコールありがとう!」
俺が叫ぶと、55,000本の右腕が突き上げられる。そしてエレキギターが音色を奏で始めた。
スモークがかかるドーム内で赤い照明がステージを照らし出すと、ベースの音がそこに共鳴する。
俺の歌声は大歓声にも負けることはなく、ドームの隅々にまで響き渡る。スポットライトは赤、青、緑とフレーズごとに色を変えながらステージを照らし出す。
俺が2番まで歌い上げると、間奏ではきらびやかなドレスを身にまとったピアニストが細い指で繊細な音色を流し始める。聴衆の手拍子は止むことなく、そのまま最後のサビに入る。
ドラムとギター、ベースが後奏を共鳴させると、東京ドームが1つになった。鳴り止まない拍手の中、バンドメンバーは1列に並んで手を繋ぎ、一礼をする。
「最高!」
「稲村さんありがとう!」
「また来年も来るからね!」
観客から惜しみなく送られる声がステージに響き渡る。
「せーの!」
俺がマイクに向けて言うと、
「お疲れー!」
と、55,000人の聴衆が声をあげて拳を突き上げて返してくれた。俺とファンの、いつものお別れの挨拶だ。
今回のドームツアーも大成功だった。俺はドーム全体に響き渡るように
「みんな、みんな、サンキュー!」
と、腹の底から叫び、客席に向かって右手を大きく振った。
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