第2小節・稲村の「音楽」

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第2小節・稲村の「音楽」

チョークの音とシャープペンシルを走らせる音が2年3組の教室を交差する中、徐々に大きくなるイビキの音。 「ちょっと、ちょっと!」 持田沙織は困った顔で隣の席の男子、稲村隆弘の机を人差し指でトントンと叩く。 「むにゃむにゃ、アンコールありがとう」 稲村の口元から漏れ出てくる言葉が耳に入ると、持田は深いため息をついた。 黒板の前で、委員長の桜井孝通(たかみち)が板書をもとにクラス全体に問題の解説をしている。 「以上の理由からAOとCOの長さ、BOとDOの長さはそれぞれ等しいので、対角線はそれぞれの中点で交わると証明できます」 桜井が説明を終えて自席に戻ると、稲村は目をつぶって机に突っ伏したまま 「お疲れー!」 と言った。どうやら夢の中と現実の出来事が噛み合ったらしい。持田は笑いをこらえるのに必死だった。 クラス担任であり数学担当の野呂大助は、 「さすがだね。桜井さん、ありがとう。みんな、桜井さんに拍手」 と桜井に賛辞を送った。クラス全員がパチパチと拍手をする。すると 「みんな、みんな、サンキュー!」 稲村はそう叫んで右手を上げて突如飛び起きた。教室中のすべての目が稲村に注がれる。稲村は教室の一番後ろの列のど真ん中から寝ぼけまなこで教室を見渡した。すると、目が点になっているクラス中の生徒が静かに稲村を注目していた。目をこすりながらまっすぐ前を見ると、野呂があきれた表情で稲村の方に視線を向けているのに気づいた。 「稲村さん、ステージに立った感想は?」 皮肉の混じった口調で野呂が問いかけると、 「はい。最高でした」 と眠気の混じった口調で稲村は答えた。教室中からドッと笑いが起こる。そしてその瞬間にチャイムが鳴った。 「はい。静かに。とにかく、今日まとめた平行四辺形の性質は大事だからしっかりと理解しておくようにな。では終わりにしよう」 野呂がそう言うと、桜井が起立の号令をかける。そして号令に合わせてクラス全員が一礼をすると、生徒達は思い思いに散らばっていった。
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