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「はいはい。そこの八分音符の入りが合ってないよ。もう一回!」
この日の放課後は音楽教師の滝田が合唱祭の練習指導に入っており、稲村もサボらずに練習に参加していた。とは言っても稲村は立っているだけで全く歌わない。もっとも稲村自身ミュージシャンになる夢を持っているほどなので、歌が決して下手なわけではない。ではなぜ歌わないか。クラス合唱を音楽だと認めていないからである。
クラス合唱は、五線譜という媒体を通した社会に対する従順な歯車を作るためのただのツールに過ぎない。これで「みんなで音楽を作ってる」とか、「力を合わせて良いものを」なんて聞いて呆れる。稲村はクラス合唱に対してそういう否定的な考えを持っていた。
ーー俺は、本当の音楽をやりたい。
稲村はそんなことを思いながらぼんやりとクラス30人の奏でる「雑音」を聴いていた。ゆったり過ぎる時間の流れを感じること45分。
「はい。じゃあ今日はここまで。あと1週間だから、みんな残りの練習も頑張りましょうね」
滝田がそう言うと桜井が号令をかけて終わりの挨拶をした。
ーーやれやれ、やっと帰れる。
稲村はため息をついた。
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