第3小節・遠い日の歌

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そよ風が秋を彩る中、体育館に全校生徒が集められた。今日は合唱祭当日である。 ーー早く終わればいいのに 舞台袖で皆が緊張した面持ちの中、稲村はそう思いながら出番を待っていた。2年3組の出番は2番目である。 2年3組の選んだ楽曲は「怪獣のバラード」と「若い翼は」の2曲。クラスの皆が必死に歌うが、稲村はどこ吹く風。 ーーふぅ。終わった。 稲村は拍手に見送られながらステージを降りて自席に戻ると、さっそく居眠りを始めた。 稲村がどれくらい眠った頃だろうか。会場がざわつき始める。司会の声がマイクを通して響き渡る頃、稲村は目を覚ました。 「続いては1年1組。曲目、『翼をください』『遠い日の歌』。指揮、高橋直斗。伴奏、真田茉利子」 真田茉利子という声が聞こえた瞬間、稲村は会場の雰囲気が熱を帯びたのを感じた。 目がぱっちりしており小顔の真田は指揮者と一緒にぺこりとお辞儀をする。拍手の音量が今回だけひときわ大きい。さらに言うと、普通なら拍手だけで終わる中で口笛まで鳴らし、教師から注意を受ける者まで現れた。 小柄な真田がピアノの前に座り、高橋が右手を振ると、真田はその細く可愛らしい指でピアノを奏で始めた。 可愛らしい指から奏でられる音は、繊細。 メゾフォルテから始まる旋律は徐々にサビに向かって力強さを増していく。 ーーこれは! 稲村は耳を疑った。 サビの部分のピアノが語る和音の流れが、3日前に持田の前で弾いたコードとほとんど一緒だったのである。キーは違う。しかし、流れは一緒。聞き間違いかと疑った稲村は2番で流れてくるサビを再び慎重に聴き返す。やはり同じ流れだ。 ーーこんな所で再び俺の3日前の音色と出会うとは 稲村が驚きを隠せないまま、1年1組の演奏は2曲目に入る。2曲目は『遠い日の歌』だ。 ーーこれもだ! 稲村は真田のピアノに耳を傾ける。今度はキーもコード進行も全く一緒。そして、真田の両手は白鍵と黒鍵を通してこのコードを優しく、かつ感動的に語る。 ーーもっと、聴きたい。声の雑音が邪魔だ。 稲村は、1年1組の演奏が始まるまで寝ていたとは思えないくらいの集中力でピアノの音に聴き入った。 時間が過ぎるのはあっという間だった。気がつけば稲村は拍手を送っていた。 合唱に対してではなく、伴奏に対して。
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