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1.午前0時42分16秒
大して都会でも田舎でもない普通の町で、大して優れているワケでも劣っているワケでもない俺――――古川ダイスケに降り掛かった災難。
ワンルームの小さなマンションの一室で俺は今まさに、食うか食われるかの瀬戸際にいた。額から流れ落ちる汗が顎を伝って首元に滴り落ちる。豆電球だけがついている薄暗い部屋は俺の視界をやけに赤く映し出す。それがどこか非現実的だが、紛れも無い現実なのだ。耳障りな時計の秒針はさっきのカチッって音で午前0時42分16秒を指し示した。本来なら眠っている時間だが、今夜はワケあってベッドの上で軽く頭を起こし震えている。その原因は腹の上に乗る一匹の獣のせいだった。いや、獣と言えば正直俺の方がずっと獣らしい。それは小学生の頃から呼ばれ続けているあだ名が物語っていた。人より頭一つデカい身長と少林寺拳法で鍛えた肉体。それとこの出っ張った額と人よりやや大きな鼻が俺をある動物とリンクさせた。そう、つまり俺はゴリラなのだ。そんなことを一瞬のんきにも考えると、再び意識を腹の上の獣へと戻した。
「ダイスケ」
獣は俺の名をフゥフゥと興奮しながら口にした。ドラミングに適した胸を押さえつける細い腕。きっと俺は簡単に跳ね除ける事が出来る筈だ。それとさっきから長い髪が俺の顔に掛かっているが、それもこの年頃の女の子ならではの……そのいい匂いだった。そうなのだ。獣とは人間で、18歳の女子高生なのだ。
やけにフリルの多いパジャマから出ている白い肌と小さな体だけを見れば、恐ろしい獣だとは誰も思わないだろう。一見するとその華奢で可憐な容姿から想像できるものは野ウサギなんて小動物くらいのものだ。だが、彼女の――――――小宮山リリカの獰猛さは獅子なんて比ではなかった。言葉を喋るだけ彼女の方が俺には何倍も恐ろしい。悪魔にさえ見えた。
「少しの痛みなんて我慢しなさい。デカい図体の癖して、ほんっと情けないわね。いいこと? お父様になんと言われようが私はあんたを……」
『絶対に食ってやる』
彼女の何度目かの宣言に俺は堪らず布団に潜り込んだのだった。食われてなるのもか。そんな想いとは裏腹に俺の心臓は胸をぶち破る勢いで跳ね上がっていた。社長令嬢である小宮山リリカと奇妙な同居生活を送ることになるとは、一体誰が想像出来ただろう。全ては約1ヶ月前の奇襲という訪問から始まった。
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