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きっかけ
都心に聳えるとある建築物。
そこは広瀬蓮(24)が勤めるオフィスビルだった。
高身長に甘いマスク。髪は明るい茶系。入社してから二年。
既に総務の仕事も慣れている。
元からカリスマ性を備える蓮は人付き合いに困る事も全く無かった。
只一人、気に入らない人間が同じ部署に存在している。
蓮よりも二年先に働く先輩、古村波(26)だった。
波は派手な見た目の自分とは対照的な性格で、いかにも堅物そうな眼鏡を掛けて腰まである長い髪はいつもきっちりした三つ編み、といった目立たない存在だった。
私服も大人しめな格好しか見た事がない。
仕事は真面目。
無表情で居る事が多いが、云い付けられた仕事をひとつも断る事無く何でも請け負う。
その為、人から雑務を押し付けられる事も多かった。
その所為で彼女が残業をしている姿を蓮は何度も見ている。
要領の良い蓮の様に嫌な仕事はサラリとかわして人に渡す己とはまるで正反対だ。
今日も黙ってお茶くみに専念する彼女を蓮はデスクに座ったまま目で追う。
(イヤなら嫌だって云えばいいのに)
真顔のまま淡々と人にお茶を運ぶ波に、蓮はイライラとした感情に引き込まれる。
蓮は彼女の様な進んで貧乏クジを引くタイプの人間が好きで無かった。
一度しかない人生だ。もっと楽しめばいいのに。
几帳面で色気もまるで無い彼女はきっと恋すらした事が無いのだろう。
(…って、アイツの事なんかどうでもいいか)
蓮が目を離そうとした時だった。
波が課長の紅竜二郎にお茶を手渡す際「ありがとう」とのお礼の言葉に彼女がほんのりと頬を染めたのを見たのは。
(ふーん)
蓮はデスクにつけた肘の掌の上に顔を乗せる。
(ロボットみてーな女と思ってたけど、人並みの感情はあるってか)
蓮はふと思い耽った後、残りの仕事に手を付けた。
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