松の湯の魔王

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風呂は命の洗濯の場所、憩いの場所、リフレッシュの場所。 だが此処は違う。 足立区松の湯、此処は魔王が支配していた。 当時、マサキの家には風呂が無く、銭湯に通っていた。 母子家庭で経済的に余裕があるとは言えず、それも数日に1回だった。 魔王はいつもマサキより、先にーー。 いや、誰よりも先に風呂に浸かっている。 ーーあいつだ。 風呂の1番奥に、ジジイが眉間に皺を寄せ、眼を瞑っていた。 あいつが魔王だ。 魔王はいくら風呂が熱くても、水を足す事を許さない。 クソ熱いお湯の中に、肩まで浸かっている。 蛇口を捻ろうものなら、怒号が飛ぶ。 白髪だが、歳の割にはガッチリした体をしていて、背筋もシャンと伸びている。 いかにも強そうだ。 魔王は体を洗わずに入る奴を許さない。 体を洗わずに入ろうものなら、自分より二回りくらい大きい外国人にも、 刺青を背中一面に背負ったヤバそうな兄ちゃんにでも、 怒号を浴びせた。 だが、誰も魔王には逆らわなかった。 なぜなら、魔王の言う事が100パー正しかったからだ。 此処はアホな屁理屈を捏ねる小インテリも居らず、人としての筋こそが絶対ルールだった。
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