院長先生の手記

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 ここ数年、私が心を痛めていたのは、ポーラ・クロフォードの件であった。  彼女は先天的に呼吸器に重大な問題を抱えており、生まれた時からこの病院で暮らしている。  いつ発作が起きるか分からない為、彼女は見えない鎖に繋がれた生活を強いられているのだ。  本来なら彼女は小学校に通い始める年齢を迎えているが、依然としてポーラの活動範囲は極めて狭い区画に限られている。  学校で勉強をして、公園で友人と遊び、休暇には家族で旅行に出掛ける。  そんな当たり前の日常が、彼女にとっては木星探査に匹敵する難題である。  これを運命と言ってしまえば、確かにそうなのかもしれない。  だが、それは小さな少女に背負わせるにはあまりにも重すぎるものだ。  彼女が成長するにつれ、自らの置かれた境遇を理解するにつれ、運命とやらの理不尽さは彼女の心に暗い影を差すようになった。  近頃においては、楽しみにしていた敷地内の散歩にもあまり乗り気を示さず、部屋でぼんやりしていることが多くなった。  これは良くない兆候である。
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