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文芸部にようこそ
一つに結った黒髪が揺れるたび、白い首筋がちらちら覗く。
人気の乏しい北校舎は、グラウンドから離れているため運動部の騒音は遠い。その代わりに蝉時雨が廊下に降りそそぐようだったが、木戸陽一が感じているのは静けさだった。
それは目の前を歩く少女の雰囲気によるところが大きい。
紗白琴羽(すずしろことは)
一つ年上の先輩と知り合ったのは、数時間前のことだ。お昼休みがはじまって、カレーパンにかじりついたときのこと。突然、上級生が一年の教室に現れたかと思うと、陽一の机の前まできて言った。
『こんにちわ、二年の紗白といいます。突然なのだけど、文芸部に興味ないかな?』
『………………ぶん、げい?』
たっぷり三秒かかって返した台詞は、パンをくわえていたせいで、とても間が抜けていた。
しかし、彼としてはそれどころではなかったのだ。
彼だけではない。さっきまで騒いでいたクラスメートも言葉を失っていた。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉がある。美しい女性を表す言葉だが、彼女はまさにそれだった。
背筋がぴんと伸びた立ち姿は美しく、思春期特有のにきびや傷の一つもない面は、目鼻立ちが整っている。ほんのりと浮かべた微笑みは柔らかく控えめなのに、普通の高校生が持ち得ぬ艶があった。
そして、その二重の瞳。
ひとかけらの濁りもなく澄んだ瞳は、清廉さと同時に力強さを感じさせた。
見つめられていると落ち着かず、陽一は目をそらしかけ、しかし、負けた気になって紗白に向けている目に力を入れる。
結果、睨むような形になってしまい、目の前の美しい人は困ったように眉を寄せた。
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