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「コウタ、久しぶりだな」
父さんが下宿を訪ねてきた。
地元を離れ、東京の大学に進学してから、父さんと会うのはほんとに久しぶりだった。
父さんは空いた時間に東京見物ついでに俺の下宿に来たのだ。
「大学はどうだ?」
「別に、ふつー。」
なにを話して良いのか分からずそっけない返事になってしまう。
「お前の家は風呂がないんだったな、どうしてるんだ。」
「銭湯。」
「銭湯があるのか!いいなぁ、」
ひとりでうんうん、と満足そうな父さんを見ていると小さい頃のことを思い出した。
「もう空いてるはずだよ、いく?」
父さんは嬉しそうな顔をした。
「おお、貸し切りじゃないか!」
時間が早いからかまだ人のいない銭湯で
二人で一つの石鹸を使いまわしているとほんとにあの時と何も変わらない気がする。
「父さん、背中流してやるよ」
「ほんとか?頼むぞ。」
ふふと笑いながら父さんが背中をむける。
あの時大きかった背中が今では少し小さく感じられて、少し鼻の奥がツンとした。
「背中洗うの上手になったなぁ。」
満足そうなのんびりした声。
「俺のもやってよね」
「分かってる。」
洗い終わると今度は父さんが俺の背中を洗いはじめる。
「大きくなったなぁ。」
「もうすぐ20だからね」
「もうそんなになるのか。」
そんなことを話しながらゆっくりと背中が洗われていく。
湯船に浸かると父さんがふぅ?と大きく息を吐いた。
「うちの風呂は狭いからなぁ。」
「お父さん」
「なんだ?っうわっ」
父さんの顔めがけて放った水が見事に当たった。
「水鉄砲、できるようになったのか!」
「だが、俺のほうがうまいぞ。」
年期が違うからなと不敵にわらい、どっちが子供だかわからない程心から楽しそうな顔のお父さんを見ていると、心までがぽかぽかとしてきた。
「ねぇ、お風呂上がりに牛乳飲むでしょ?」
「そうだなぁ、いいなぁ。」
お風呂からの帰り道、他愛もないことを話しながらぽかぽかの体で下宿へ二人で帰る。
狭い部屋に布団を敷く間も会話が途切れることはなかった。
「今度は母さんと来なよ。」
そうさせてもらうかな。父さんののんびりした声を聞きながら僕は何年かぶりにさっぱりとした、でも満たされた気持ちでゆっくり目を閉じたのだった。
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