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「二人ともー、バスタオルここに置いておくからねえ」
ガラス戸の向こうでお母さんの声がする。その声に、はーいと答えた。
このお風呂も今日で最後。
シングルマザーだった私だが、明日からは優奈とともに再婚相手の待つマンションへ引っ越す。そこではボタンひとつでお風呂が沸かせるし、安全面も問題無い。優奈もすぐに『一人お風呂デビュー』できるだろう。
私もかつてのお母さんと同様、働いている。
だから、なかなか優奈とゆっくりとした時間が取れない。だけれど、今後お風呂が別々になったとしても。
この子との時間を大切にしたい。
ひとり立ちし、巣立っていくその日まで。
そんな風に思う。
「……お引越し先のお風呂はハイテクなんでしょ? ママ、機械オンチだから一人じゃ使えないかもね。今度はしばらく優奈が追い焚き係になってあげるね」
ふと、優奈が呟いた。
その視線はアヒルに向けられている。掌で大波を作って溺れさせようとしていた。
照れている時は目を合わせない、この子の癖。
私は笑みが零れた自分の口元を、指で隠した。
「……そりゃ、どうもね」
「ところでママさあ、最近他のママさんと仲良くできてる? この前PTAの集まりから帰ってきた時、すごく不機嫌だったじゃん。ママって怒りっぽいから、他の人とケンカしてないか心配しちゃう」
私より大人びている我が子の言葉に、やっぱり声を出して笑ってしまった。
できればもう少しだけ。
もう数年くらい、この魔法の世界でこの子との会話を楽しみたいな、と思う。
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