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 そうしてゆったりとした温泉(ではなく本当はただのお風呂だが)時間を過ごした万里子は、葉月に髪の毛をブローされ、若菜にジュースを用意されるというおもてなしまで受けることになった。至れり尽くせり。母の日万歳、である。 「今日は本当にありがとうございました」  すっかりリラックスし気分良くなった万里子はまたダイニングの椅子に座り、その前に立つ子どもたちに向けて頭を下げた。なんとプレゼントまで用意してくれており、受け取ったそれはきれいなシルクのハンカチだった。三人も任務を無事終わらせたことに満足したように笑った。 「こちらこそいつもありがとう、お母さん」  代表するかのように葉月が笑って伝えてくれる。母に対する恩返しなんて、無事に成長してくれているだけで十分返しているということはまだ子どもたちにはわからないのだろう。万里子自身が、そうであったように。 「どういたしまして」  大切なことほどすぐに日常に掻き消えて、忘れやすくなってしまう。子どもたちが笑っていてくれること、こうして母を思いやってくれる優しい子たちに成長していること、ただそこにいること。それは家計簿のように数字に現れてなんてこない。でもとても大切で尊いことだと、万里子は改めて思ったのだ。  そんな万里子の視線は子どもたちから壁にかけられている大きめのカレンダーへと移る。  五月と六月が並んでいるそれを見て、万里子は「ところで」と子どもたちを見渡した。 「わはは温泉、来月も開催しません?」  へ? と同じ方向に首をかしげた三人に万里子は笑いそうになる。万里子は口元に手を当てて、ほくそ笑んで囁いた。 「お次のお客さんはお父さんです」  ねえ、良明さん。  最近優しくなれなくてごめんなさいね。でもやっぱり私はあなたが大好きで、あの心地良い湯船で浮かんでしまったのはあなたとのことばかり。きっとあの温泉には素直になる効能があるのよ。だって私たちの子どもが考えて準備してくれた温泉だもの。だからそこにあなたも今度、ご招待するわ。  六月の第三日曜日のことを約束して、わはは温泉従業員たちは笑い合った。 終わり
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