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小さな法被隊に連れていかれたのは一階奥の脱衣所だった。しかし驚いたことに、そこはいつもの脱衣所ではなかったのだ。まず扉に画用紙が貼られており、それには「わはは温泉」と習字筆で書かれていた。この字はどう見ても葉月のものだが、わはは温泉とは何ともユニークな名前である。というか何なのだ? と首を傾げる余裕もなく、その扉は開かれて中に万里子は招き入れられた。
顔にペシン、と当たったのは薄っぺらいのれんだった。
「あ、これおじいちゃんとこの!」
これは夫、良明の祖父から押し付けられ……もとい貰い受けた代物だ。「勝手口にでも使いなさい」と夫に似たえびす顔で譲られたそれを無下にも捨てられずに、クローゼットの奥にしまいこんでいたはずだ。
そののれんを潜るとそこには、浴室の扉がすでに開け放たれておりホヤホヤとした白いもやと温かな空気が脱衣所を満たしていた。鼻をくすぐるのは柑橘系の良い香り。お湯を張ってあることは一目瞭然だった。
子どもたちと脱衣場で向き合えば、誇らしげに三人は口を揃えて言ったのだ。
「わはは温泉へようこそ!」
「はい?」
その名の由縁を教えてくれたのは、やはり長女の葉月だった。
「私たちの名前の頭文字からそれぞれ一文字ずつ、ね。私たちで用意した温泉で、どうぞ日々の疲れをお取りください!」
すると若菜と颯も「ください!」と声を揃えて言った。万里子はプッと吹き出してしまう。
「どうしたの急に?」
「お母さん、今日何の日かまだ気づいてない?」
「何の日? ……あ」
今日は五月の第二日曜日。つまり母の日である。
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