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 そうして温かみに包まれながら思い出したのは、先日の良明との出来事。しばらくの出張になりそうだと寂しそうに言った良明に、万里子は何ともそっけない返事をしたもんだった。 『あなたがいなくても大丈夫よ、行ってらっしゃい』 『いなくても大丈夫って……』  下手をしたら大学生にも間違われてしまうんじゃないかな、と思える童顔の良明は眉を下げて、ますます年齢不相応な情けない表情をした。 『もうちょっと寂しがってくれてもいいじゃないか』 『寂しいも何も、我が家は子どもが三人もいて賑やかだから』 『まぁ……そうだけど。ああ、面倒をみる負担が増えてごめんね。なるべく早く帰ってくるから』 『帰ってくるのは何時くらい?』 『夜の十一時くらいになっちゃうかな』 『え、その時間に帰ってきたら子どもたちも寝てるし。もう一泊してきたら?』 『……万里子ちゃん、僕のこと好きかい?』  ふにゃりと眉毛を下げた良明に「馬鹿言ってないでお風呂でも入ってきたら」と万里子はすげなく返した。風呂場に向かう夫の背中に哀愁が漂っていたのはきっと、見間違いではなかったはずで。 (どうも最近優しくなれていませんね)  長年連れ添っていると、相手に対する思いやりは意識していないと保ちにくくなるらしい。ましてや子どもが小さいうちはやはりそちらが優先になりがちで、夫というものはオムライスにふられる刻みパセリ程度の存在感しかなくなる。  しかしこうして子どもたちの用意してくれた簡易温泉に入っていると、体も心も温かく穏やかなものになっていく。柑橘の香りでリラックスして、今度は柔らかく息を吐いた。子どもたちからの優しさが、肌を通して万里子の内側に染み込んでいくようだった。きっとこのミカンの香りから子どもたちの分身妖精みたいなものが出てきて、強張っていた筋肉をほぐしてくれているのだ。「お疲れじゃありませんか」「ああ、こってますねぇ」「これじゃあ優しい気持ちにもなりませんよ」なんてその分身たちは大人ぶって万里子の体をほぐす。ああ、これは気持ちいい。これは参った。  目を閉じたまま万里子は思う。この温泉はきっと、世界一の温泉だ──と。
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