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それは俺にとって世界を変えるようなすごい言葉だった。春風にふわりと煽られて、花びらも花の香りも、そして気持ちも一緒に青空に舞い上がるような。
「あ! そうだ! 俺がカズっていう証拠」
「?」
和臣はそう言って自分のリュックの中を漁り出した。そして、「あったあった」って小さく呟いて、振り返ったその手にはツイッターに上げていた穴が開いてしまったぬいぐるみ。
「あ、直ったんだ」
「そ、すげぇ、初心者にしては上出来でしょ?」
「うん」
本当は。
本当はちょっと下手だった。もう少し糸処理とかちゃんとやれば、もっと綺麗に直せたと思う。思うけど、でも、なんかこれはこれで素敵だからいいかなぁって。
「あの時はありがとうな」」
「……別に」
「すげぇ助かった」
「いいよ、そんなん」
大したことじゃない。それに手芸の話を誰かとするのは楽しいんだ。何かを作ることの大変さも楽しさも、全部、俺は好きだから。
「それ、すげぇ大事なんだな」
「あぁ……大事な人にもらったからな」
「……」
大事な人。恋人、なんだろうな。どこかその表情に切なさが混じってる。
「…………ぁ」
「? どうかしたか? 和臣」
「なぁ、もしかして、これの直し方教わってた時、お前、試験……」
和臣の表情が恐る恐るに変わっていく。目を丸くして、まさか、って感じに。
「あ、あー……」
「わりぃ、そうだよな。きっと試験か試験の準備期間とかだっただろ。俺、けっこうリプの応酬してたよな。あれじゃ、勉強、集中できないわ。よし! ここから本気で教える」
「……っぷ。ここから本気って、じゃあ、この授業の初っぱなのほうはなんだったんだよ」
「! それはっ」
このカテキョバイトはうちの親父が成績の悪い俺の大学進学を心配して、職場の人で俺の志望大学に息子が行っている人がいるからって、頼んでくれたんだ。年末年始で帰ってくる息子さんに家庭教師を頼めないかって。もちろんバイト代も出す。で、そのバイト代がけっこう相場より高かったから、和臣は大喜びで承諾した。
「ほら、笑ってないで、次の問題」
「っぷ」
「ほらっ!」
「はいはい」
そうそう、こんな感じでさ、カズとも、リプがずっと続いてた。短い会話。ぽつんぽつんと返ってくる短い言葉たち。その「ぽつん」がやたらと心地良かったんだ。
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