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――そしたら、この後、夜、十一時に駅前集合な。そっから、バス出てるから。
今日のレッスンも無事終了。帰り間際に和臣から今夜の初詣のことを言われた。
今はその約束した時間の十分前。今夜は冷えるって言ってたっけ。ホント、クソさみぃ。グレーのファー付きダウンコートのポケットに手を突っ込んで肩を縮めて、空を見上げた。ほら、息を吐くと真っ白だ。ほらほら、すげぇ、真っ白。
「何、上向いて口開けてんの?」
「っ!」
あまりに真っ白だから息吐きまくって、辺りを真っ白にしてた。そんなところを和臣に見られてた。黒のファーなしダウンジャケットに黒のパンツが引き締まった印象で、普通に、カッコいい。そんな外バージョンの和臣をやたらと観察しそうで、目を伏せ、ずっと気になってる前髪を手でくしゃくしゃにした。
落ち着かなかったんだ。初詣を和臣と行くっていうのも、あと――。
「髪、オールバックしてこなかったんだ」
髪をおろして外に出ることに。
「……わ、忘れた」
「……ふーん」
ウソをついたのを見破らせそうで、またそっぽを向いた。外に出る時は大概セットしてるから、でこを、こんなふうに隠してることが逆に変な感じがする。
「ほ、ほら、早く行こうぜ。バス、すげぇ並んでる」
変な感じ、落ち着かない。そんで、和臣に外で会うことに、ちょっとだけドキドキしてる。
バスは数分おきにやってきてた。料金は一律で途中下車不可の特別便。だから並んでる人の数はけっこうあったけど、はけていくのも早くて、一時間も待たずにバスに乗ることができた。できたけど、乗員可能人数ギリギリまで乗っけるもんだから、真冬で着膨れてることもあって、中はすし詰め状態。
「あっちぃ」
きっとどこに掴まっていなくてもこれなら多少揺れたって転びはしないだろ。っていうか、転がるような隙間すらねぇ。
「大丈夫? 剣斗」
「あー、うん、ダイジョー、ッブ!」
ちょうどそこでバスが信号を曲がって、どこにも掴まってなかった、掴まるような場所がなかった俺は、人の壁に思いっきり寄りかかられて、押し潰されそうになる。元から酸素が薄い気がする車内で、人の熱気にのぼせそうで、少しクラクラしてたんだ。苦しくて、暑くて、息ができなくて。
「ほら、こっち」
曲がるバスの傾き分、全部が俺に圧し掛かってくるような苦しさが一瞬で消えた。
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