8 マイティーチャー

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 分厚い雲に覆われた冬空を和臣が見上げて、ぼそっと呟いた拍子にほわほわと白い息が辺りに広がる。俺はそれを眺めてた。アッシュカラーに染めてある和臣の髪が北風に晒されて、ちょっと揺れると寒そうに肩を竦める。その様子をチラチラ見ていた。 「ほら、もういいから」 「!」  笑って、そして、頭を撫でられた。洗ったまんまの、ワックスも何も付けず、そのままにしてある金髪をそっと撫でられる。 「部屋入れよ」  そっと触れてくる指先に、声が出なかった。わかったよ、って返事をしようと思ったのに何も言えなかった。ガキ扱いしてるだけなんだってわかってるけど、それでも和臣の手が心地良くてじっとしてしまう。心なしか首がそっちに傾く感じ。 「それじゃあな」 「……あぁ、そんじゃあ」  その背中を見送ろうと思ったけど、途中で、和臣が振り返って、手をひらひらさせた。今度は和臣が肩を竦めて腕を自分の手でさすって、それから、もう一回、手をひらひら。たぶん、あれは、寒いから部屋に早く入れって言いたいんだろ。  俺にはわかるけど、傍から見たら、それひとり踊り出したわけわかんねぇ人みたいになってるからな。ちょっとだけ可笑しくて笑ってから、不審者扱いされないようにと、うちへと帰った。 「あ、来てたのか? 畠さんとこの」  玄関を開けたら、ちょうど、親父がいた。 「あぁ」 「そうか。どうだ? なんかすげぇ、ちゃんとやってるみたいだな。なんなら、明日が終わったら、本当に家庭教師とか」 「いらねぇ」  即答した。  俺の家庭教師はひとりだけ。だから和臣以外はいらない。 「自分で勉強できっから」 「……」 「だから、カテキョはいらねぇ」  そう突っぱねて、部屋に戻る。そして、部屋の扉に背を預けながらズルズルと下がりその場に座り込んで目を閉じる。  あいつの手の感触を思い出すように手を自分の頭の上に乗せた。  家庭教師なら、教えてくれよ。  あんたに頭を撫でられると、なんでこんなに嬉しくなるのか。なんで、明日がラストだってことを名残惜しいと思うのか、その理由を俺に教えてくれ。
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