ポッキーゲーム編  5 来年も再来年も

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「うわー、すげぇ、混んでんなぁ」 「剣斗、はぐれるよ」  迷子の心配とか、俺、子どもじゃないんだけど? 一応、二十歳越えたんすけど? って思いながら、ものすごく過保護な和臣の隣を陣取った。  神社までの道のりを元旦のつんとした冷たい空気の中、真っ白な息を吐きながら二人でゆっくり歩いてる。  神社に着いたら、明けましておめでとうございます、と、あとは、皆の健やかな健康、それから、最重要なお願いはやっぱ――。 「あ、剣斗、甘酒もらえるってさ。今もらう? それともお参り終わってからにするか?」 「やった。もらう。今がいい。すっげぇさっみぃ」  今日はすげぇ冷えるって、昨日のお天気にあったっけ。しかも午前中だ。寒いのなんのって。石畳の道を歩きながら、青空高くまで伸びる杉の木を見上げて、冷たい朝の空気を胸一杯に吸い込んだ。  すっごい寒いけど、今だけなんだ。  このあと、ものすごい数の階段を上って神社まで行くから、辿り着く頃にはけっこう身体があったまっててさ。甘酒のポカポカ感はそんなに欲しくない感じなる。だから今のうちに美味しく飲みたいなぁって。 「じゃあ並ぶか」 「おー」  ダウンコートでもっこもこな人がゾロゾロと歩いてる街道を逸れて、鳥居から神社へと続く階段までの数十メートルにずらりと並ぶ屋台の一つのテントに向かった。階段のすぐそばんとこ。神社のテントが出ていてそこに並べば甘酒がもらえるんだ。  小さな紙コップを湯たんぽがわりに両手で持って、ふぅって吐息で冷まそうとすると、ふんわりと甘酒独特な香りがした。とろりとしてて、お正月の匂いって感じ。 「なぁ、和臣んとこは今年親戚丸ごと集まる感じ?」 「んー……どうかな、姪っ子は海外留学してるからいないかもな」 「かっけぇ、海外留学」  俺んちには縁遠い単語だ、それ。海外とか留学とか。和臣のとこはけっこう賢い系なんだよなぁ。うちは、ほら、まぁ俺もだけど、親もヤンチャ系だから。親類もそんな感じで。 「剣斗のところは?」 「うちはガッツリ集まるよ」 「そんな気がした。弁当入れのカバン、めちゃくちゃ作ってたもんな」 「遠慮ねぇんだよ。マジで」  そう、あれ親戚全員分じゃね? つうか、そんな全員毎日弁当だったっけ? ってくらい、あの人たち無遠慮に頼んでくんだよ。材料費は出すからって言ってさ。  前に帰省した時に作って渡したんだ。親父には弁当入れの袋。お袋にはエプロンを。そしたらその弁当入れがかなり好評だったらしくて、親戚中から欲しいって言ってもらえた。  男なのに手芸なんて……とは誰にも言われなかった。田舎だし、古い考え方なとこもあるから、誰かしらには怪訝な顔をされるだろうなぁって思ってたのに。  親父とお袋に実はって話す時だって「へぇ」って感じの答えが返ってくれば、まぁいっかなって。大歓迎、なんてことにはならなくてもさ。  けど、そんなことはちっともなかった。  すげぇ! って褒められて、器用なのね、って言ってもらって、なんかエプロンも弁当入れの袋もめちゃくちゃ周りに自慢されて。 「よかったじゃん」 「よくねーよ! けっこう大変なんだからな! それに、そのせいでクリスマスプレゼントに和臣のストール編んで渡したかったのに間に合わねーし。課題もあったしよー」 「勉学最優先」  あったかいのは飲みたいけど、猫舌なんだよ、俺。一足先に飲み終わった和臣が小さな紙コップをクシャリと折った。 「それに……」 「?」 「俺らのクリスマスは別に来年もさ来年もあるだろ」  ようやく俺も飲み終えた。それを見た和臣がナチュラルに手を差し出して、空になった紙コップを俺はその手に渡して。捨ててきてくれる。自然にさ。そういうとこ、女子からのポイント高そうだなぁって思う。ナチュラルに優しくて、普通のかっこよくて。紳士でさ。 「まーな。そしたら来年のクリスマスはストールな」 「あぁ」  甘酒を飲み終わって、再出発。こっから先はもうのんびりなんて段々していられなくなるんだ。  ほら、見えてきた。  地獄の階段責め。何段あるんだろうな、あれ。途中で息切れハンパないから数えられないんだけどさ。あれを上り切らないと神様のとこには辿り着けないんだ。 「剣斗……」 「んー?」  ふと、一歩分先を歩いていた和臣が振り返った。 「なんでもない」 「……」  優しく微笑んでくれる。  けど、こんな時はさ、わかっちゃうんだぜ? 俺には、今、和臣が何を考えたのかって。 「バーカ!」 「は?」  だから、手を繋いだ。ついに到着してしまった階段責めの麓で。 「はぁ、行くか!」 「って、おい! ちょ、危ないだろ!」 「一気に上ろうぜ!」  引っ張ってやる。俺がずーっと。マジでずーっと。和臣とずっと一緒にいる。名前を呼んだら、即返事ができるすぐ隣でずっと。 「おま、元気すぎ、だろっ!」 「和臣がへばりすぎなんだよ」 「俺、昨日、通しで、カフェバイト」 「俺は京也さんのとこで大掃除からの、イチャイチャ、だっ!」 「お前! でかい! 声!」 「あはははは」  大丈夫だよ。  俺はそのつもりだったし、今からさ。 「早く! 和臣!」  その辺のこと、この階段のてっぺんにいる神様に同じお願いしに行くんだから。  ずっと一緒に、いたいです、ってさ。
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