新年編(ひねくれ猫) 1 案外、意外

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 大晦日? 新年? 剣斗君が和臣と合流して、そのどっちかわからないけど、とにかくお正月早々喧嘩になっちゃってないかなぁって心配したんだけど。だから、俺の話を聞いて、飛び出していった剣斗君に慌ててメッセージ送ったんだけど。  ――全部聞いてよー。まだ話の続きあったんだけど。  そう、大急ぎでこの話にはオチがあるんだよって伝えたかったんだけど。  ――明けましておめでとうございます。大丈夫っすよ。久しぶりにポッキー食べました。 「……それって大丈夫だったわけ?」  なんか、わからないけど、まぁ新年早々喧嘩にはならなかったっぽい。よくわからないけど。  そんな返信が来てたのは夜中? 早朝? の三時すぎだった。俺はもう寝ていて気がつかなくて、仕事関係はいつもパソコンだし。材料屋とか取引先も流石にお正月は閉店休業だから連絡なんてないし。そんなわけでスマホはそのままほったらかしにしてた。この剣斗君からの返信に気がついたのは、今現在、時刻、お昼の一時半。  そして、ただ今、初詣のお参り中。  昨日、剣斗君に言いたかったのはさ、和臣がハッテン場でキスをしているところを見たけど、すごく不味そうでつまらなそうなキスだったんだよってこと。今とは全然違うんだよって言いたかっただけ。今、剣斗君と一緒にいる時の和臣の笑った顔からは想像もできないくらいに退屈そうな顔をしていたんだよって、ちょっと意地悪くなっちゃったけど、そう伝えたかっただけ。  だって、本当にあの時は不味そうにしてたんだもん。  あんな不味そうなキス……。  でも。 「…………」  俺もあんな顔してたのかなぁってさ……。  なんとなぁく、その辺はもう別にスルーっていうか気にされてないけど、和臣と寝たことがある。何度か。もちろん和臣以外とも経験はあってさ。まぁ、俺もハッテン場で相手を探したりしてたから。  それなりに気持ち良かっただろうけど、大したことなかったんだと思う。大した快楽はなかったんだと思う。だって、もうあんまり覚えてない。  その時、どんなセックスをしてたかなんて。  だからその過去は和臣のそれと同じように、退屈で、どっかに置いてしまえるなら置いてきたいと思うくらいには不味くてつまらない「過去」だ。  味のなくなったガムみたいに。  もう大して美味しくないけど、口の中が寂しいからそのままにしてるような、そんな……。 「京也」 「……」  そんな美味しくない「過去」だ。 「甘酒」 「あ、りがと」 「こぼすなよ」 「あのねぇ、子どもじゃないっつうの。全く。っていうか、先に甘酒飲んじゃうのってなんか変じゃない? 普通、わかんないけど、一般的には参拝終わってからっぽくない? 先飲んじゃう? って感じしない? いいけど。寒かったし。っていうか、なんで神社ってこんなに寒いんだろう。木がたくさんだから? 足先かじかんじゃったし。ホント、」  話してたら、柚葉が目を細めてこっちを見て、唇に触れた。 「な、何?」 「口の端に甘酒ついてる」 「!」 「子ども?」  言いながら、小さくほほえまれて、もう……なんか……。 「あ、あのねぇ」 「ほら、早く飲めよ」 「ちょっ、待って、俺、猫舌なんだってば」  小さな紙コップ。けど中身はあっつあつのトロトロで中々冷めなかったせいでまだ半分くらいしか飲めてないのに、いつの間にか柚葉は飲み終わっていた。甘酒で温まった吐息を、ほぅ、って白くしながら吐き出して、まだ寒いとポケットに手を突っ込んでる。  なんだか負けた気がして、競争しているわけじゃないけど、先に飲み終わった柚葉を追いかけるように、まだ熱くて飲みにくいそれを急いで飲み干した。  飲み干せばポケットの中に突っ込んでいた手を出して、俺の紙コップを持って、二人分、クシャリと掌の中で潰し、近くにあったゴミ箱へぽとりと落っことす。 「行くか……参拝」 「あ、うん」  そう返事をした俺の吐息も柚葉のそれと同じように真っ白になりながら、神社の、つんと冷え切った空気の中に広がっていった。 「商売繁盛を願って……えっと、熊手でしょ? それやら破魔矢も……あとは、お守り……」  可愛い巫女さんが微笑んでいる中、あれこれと今年一年の色々がいい感じに進んでいくようにって、神頼みグッズを買い漁ってた。 「じゃあ、これで」 「はい」  それらを全部買って、背後にある、ぎゅうぎゅうに集合している人だかりから、どっかのアニメとかでバーゲンセールに、群がる図式から、どうにかしてすり抜けると、買い物をのんびり待っていた柚葉が笑ってる。 「な、なんで笑ってんの」 「いや、だって、あんたってさ、意外にそういうとこあるよな?」 「?」 「ほら、貸せよ。持つから」  笑いながら手を伸ばす柚葉に条件反射で買ってきたものを手渡すと、ゆっくりと出口と書かれた看板の指し示す先へと歩き出す。 「案外、そういう昔ながらの日本人的なとこ」 「だ、だって」 「あったもんな。実家に、そういうの。なら、意外、でもないか」 「……」  そう、小さな小さな工場を営んでいる俺の両親は必ず初詣で買ってきては祭壇に祀ってた。だから、自分もやっぱり同じようにしないと落ち着かなくて。 「さ、帰ろうぜ」 「……うん」  ゆっくり歩き出す柚葉の隣に並んで。 「甘酒飲んだから、寒くなかったな」 「……うん」  案外、意外でしょ? こんな綺麗な顔して、ノンケの男だって落とせちゃったりするようなさ、結構それなりにハイレベルで夜遊びしまくってそうな俺がお正月早々、熊手に破魔矢、商売繁盛御祈願しまくりの純日本人って。ちょっと意外な感じがするでしょ?  だから見せたこと……なかった。へぇ、意外だねってなんか言われて、イメージ崩しちゃっても盛り下がるかなぁってさ。思ってたんだけど。 「あんたは?」 「?」  見せたことなかったんだけど。 「寒くねぇ?」 「あ、うん」  柚葉には見せたなぁ……って、真っ白な吐息が空へと溶けて行くのを眺めながら思っていた。
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