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だって、近くに行ったら、酒臭いかもしれないだろ。うちの実家に親戚のヤンキーが集まってへべれけに飲んだくれた時みたいにアルコール臭いかもしんねぇ。それだけならまだいいよ。もう酒飲んでいい歳なんだから、大学の帰りに一杯ってことかもしんない。
けど、もしも、ほんの少しでも香水の匂いとかしたら?
――和臣は、誰とも続かない。続ける気がない。そんなのと付き合って、変に男の味なんて覚えてどーすんの。
なんで、このタイミングであのマスターの言ったことを思い出すんだよ。でも、続ける気がない、そう言ってたんだ。それって、ひとりと付き合うのがいやってことだろ? なら、そうかもしんないだろ。今、まさに、ひとりとじゃなく付き合ってるかもしれないじゃん。信頼してないとか、信じてるとか、そんなことじゃなくて、ただ、ひとつ、たしかにあいつは俺にウソをついたんだ。
だから、近くに行くのは怖い。もしも、問いただした時、アルコールに混じって、重くて、甘くない、男の香水でも匂ったら?
「……」
ウソつかれて、避けられてた、っていうことだけはたしかな事実で、もう俺はそれだけで、相当なダメージでさ。これ以上はちょっと耐えられそうになかったんだ。
「剣斗?」
「……」
「お前、こんなとこで何して……ぇ? おい」
びっくりした。洗いざらしの前髪は少し長いけど、名前を呼ばれた拍子に思わず零れた涙に俺も、それと、仰木も驚いてる。
「ぁ……」
「なんか、あったのか?」
そっか。仰木も、この辺なのか。そりゃ、そうだよな。大学に遠方から来てる奴は大概、その大学の近くで家賃が安めで、スーパーだなんだと便利そうなところに集まるんだから。俺と和臣が近くに住んでいたように、仰木だって、ご近所さんってことがありえる。
「泣いてんのか?」
バカだな、俺は。長く続かなくてもいいっつったのに、やっぱりずっと和臣といたくて、おかめがあいつは実習早く終わってると教えてくれたのに、たしかめたくて駅まで来たりして、自分でしんどい思いして。
指に針ブッ刺しまくるわ、泣き顔を同じ学科の奴に見られるわ、ホント、バカだ。
「剣斗……」
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