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高田先輩は背中を向けたまま立ち止まる。僕は一歩後ろで動揺して、動けなかった。
「吉水はいつもは倉成にイジメられてオロオロしてるようなヤツだけどさ、放送のときは、違うじゃない?」
ああ今日も、またやってしまった。また僕は、部活のことを考えて先輩のことを忘れていた。先輩は来週分の昼の放送にも出なかったというのに。先輩は無言の僕をちらっとだけ見て続けた。
「吉水ってさ、放送の事になると責任感があって、思慮深くて、すっごい頼りになる。それに見合った能力もあるし。あたし、吉水の声聞いてると、きれいで、感動して、泣きそうになるんだ」
先輩は小さく啜り上げる。
「声だけじゃなくて、喋ってるときの目とか、口とか、原稿を捲る手とか全部、全身全霊で放送に打ち込んでるって感じ。今日、周りに人がいなかったから、ホントに泣いちゃった」
先輩はまたゆっくりと、歩き出す。
「吉水はあたしのこと、本当に好きなんじゃないかも知れない。あたしが告ったから、その場の空気に流されただけかも知れないよね。だけどあたしは、吉水のことが、本当に好きなんだ」
「先輩っ」
僕は高田先輩の肩を、後ろから包むように抱いていた。体が勝手に、そう動いていた。
本当の『好きになる』って、こういう気持ちなのだろうか。嬉しい緊張と共に、感動したときのような胸の痛みがある。
自分のことを自分よりも、深く深く知ってくれている。こんなに想ってくれている。自分に向けられるその気持ちを、どうしようもなく大切にしたいという感情が、心の奥から湧き上がる。
もう何も迷うこともなく、僕は自分の気持ちを素直に言葉にした。
「今は僕も本当に、先輩が好きです」
先輩はこちらを振り向いて、悲痛にも見える笑顔を見せた。そして僕の胸にそっと腕を回してうつむきながら、
「ありがとう」
とつぶやいた。
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