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 朝の放送は今日の予定のアナウンスとクラシックを流す。月曜日の朝、準備をしていると高田先輩がいつもより早く放送室に顔を出した。 「あの、さ。一日たって考えが変わったってことは、なかった?」  不安そうに聞いてくる。  考えは、変わらなかった。やっぱりこれはとても嬉しいことだったから。 「変わってないです。宜しくお願いしますね、先輩」  すると先輩は嬉しそうな、照れたような顔で軽く微笑んだ。  高田先輩はこのことは倉成先輩と牧野先輩に相談したので二人とも知っていると言った。 「この狭い中で隠すよりはいいんじゃないですか?」  僕はそう返した。  高田先輩は帰りのバス時間を遅らせて、僕の電車の時間に合わせてくれた。そして部活が終わった後に二人で放送室で色んな話しをした。大体は部活の延長みたいな話なんだけど。先輩も僕と同じで声の仕事を目指しているそうだ。まだまだ見習うところがたくさんある。先輩と一緒にいる時間は貴重だった。  不都合が起きたのは土曜日のこと。昼の校内放送は月曜から金曜の間に原稿を書き、土曜に次週一週間分をまとめて収録していた。その、収録の時。  僕は、高田先輩を目の前にして原稿を読めなくなっていた。  目が合うと動揺してしまう。どうしても照れてぎこちない演技になってしまう。台本の中で高田先輩は僕のことを呼び捨てではなく『吉水くん』と呼んでいる。それが今更になって何故か恥ずかしかった。 「駄目! やり直しだ!」  倉成先輩が声を荒げる。収録は月曜の分から全然進まなかった。 「ごめんなさい! すいません!」  僕は立ち上がって頭を下げた。いけない、どうしよう。 「あんた何で今更そんなに照れるの? いつもこの密室で二人きりになってるんでしょうが!」  そう言えばここはがっちり防音の密室じゃないか。余計僕は照れくさくなった。高田先輩が原稿を整えながら俯く。 「私が悪かったんだ、ごめん」 「あんたは悪くない、悪いのは全部吉水なの! なんなのもう」  僕が言う前に倉成先輩が高田先輩を庇う。  結局『吉水は風邪気味』ということにして、不自然なまま月曜の分だけ収録した。僕は物凄く後悔した。
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