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「 本院の生徒である彼は、長老たるあなたの “ 顔 ” を知らなかったようね? 」
と。
その通りです。わたしは、ヴィオ=ラス様の名前しか知らなかった。お会いしたのはこの時一度きり。わたしの意識だけであなたに会った。
鏡の中のヴィオ=ラス様は、ゆっくりと首と肩だけでアルタナ長老を振り向き、
「 だから? 」
と、目を細めてクスリと笑う。
「 どうだと言うんです?
僕達は滅びに向かう者達ですよ? 」
ぞっとする様な邪悪で、達観した不敵な笑みだった。
その横で、幼いマリン=エル様が亀を床に置いて
「 バイバイ。」と、手を振っていた。あの亀は元の飼い主の処へと帰るのだろう。
春の陽気が満ちかけた北国のわたしの借家で遠い昔の記憶を漂う。
しかし、突然ゆらりと魔物の陽炎に、現実に戻された。明るかった居間が闇に閉ざされる。
それは、わたしが生まれた魔界の魔族の一人。彼は、ふっくらしたソファーに座るわたしの前に、臣下の礼を取り、片膝を床に付く。
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