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未だに聞き慣れない、忌ま忌ましい電子音で目を覚ました。
外はまだほの暗く、夜の冷気が居座っている。それでも、やはり太陽は地平線から顔を出しているのだろう。窓からそそぐやんわりとした光が視界を照らす。少し前まで使っていた遮光カーテンでは、僕のまぶたにすら届かなかった光だ。
僕は布団の中で小さく伸びをしてから、ゆっくりと起き上がった。
なんだか幸せな夢を見ていた気がする。
きっと彼女が出てきたのだろう。
少しだけ泣いている。これがその証拠だ。
彼女はもうここにはいない。
彼女の持病が悪化し、余命数ヶ月を言い渡されたのは1年前のことだ。
「人よりは短い人生なんだろうなって思ってたし、どうってことないわ」
彼女はそう言って、にんまり笑っていた。
「最初から限られた人生だと割り切ってたなら、後はほら、この限られた時間でやりたいことをやりつくすために動けるでしょう?」
病気が悪化してからも彼女は早起きで、やれることには何だって手を出して、その度に僕は巻き込まれた。
「あぁ、これで悔いはないわ」
彼女がそう呟くようになった頃、彼女はもうベッドから起き上がれなくなっていた。悔いがない、と言うわりに、彼女の笑みは深い夜のようだった。
だから、僕は最後にもう一度だけ、彼女と我慢比べをした。本当にやりたいことはもうないのか、僕にできることはないのか、と問いただし続けたのだ。彼女にやりたいことがないわけがなかった。そう僕は確信していた。できることなら、と彼女が言おうものなら、僕は何だってするつもりだった。
「ええ、何もないわ」
そして彼女は、この世を去った。
病室で見つけたノートには、
「生きたかった」
と何度も書かれていた。
やっぱり僕は、彼女との我慢比べに負けたのだった。
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