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「たかが一ヶ月だ。俺は大丈夫。だから楓はコンテストに集中して、夢を叶えるんだ。優勝するんだろう? いい作品を作って、優勝してそれを見せてくれ。だからこの期間は…………俺を忘れろ」
「…………輝」
「何も心配はいらないから、終わったらここに戻ってこい。待ってるから」
きっといつもより楓を抱きしめる力は強いだろう。震えを悟られないように、嘘がバレないように思いを閉じ込める。正直なことを言えば、そんな一ヶ月なんて無視をして好きに過ごしたい。でもそれでは駄目なんだ。自分が選択を間違えれば、楓の将来を潰すことになる。
「楓…………好きだ」
薄夕焼け色の瞳からは、大粒の涙が流れていてそれだけで意思が揺らぎそうになる。いつもよりも深く熱い行為を繰り返し忘れないで欲しい、消えないで欲しいと願いふたりは互いの体に無数の愛の印をつけた。
数時間後、楓は眠る輝の顔を瞳に焼きつけ、起こさないようにそっとベッドを離れる。カーテンの隙間から溢れる朝日に瞳を細め、軋んだ体をなんとか保ち衣服を身につけると楓は静かに家を出た。輝は背中にドアが閉まる音を感じたが、必ず楓はまたここに来ることを信じて追うことはしなかった。
楓は昨夜、輝が言った言葉を思い出す。もしあの時、輝が悲しそうな瞳であの言葉を言っていたら、自分の意思は簡単に砕けていたと思う。輝と出会ってから大切な人と離れてまで自分は絵を描きたいのだろうか、夢を叶えたいのだろうかと考えるようになった。でも輝は全てを分かってくれた上で寂しくはない、辛くもないと「嘘」をついてくれた。そして「俺のことは忘れろ」と……。
ーー僕は絵を描くことに没頭すると、何も見えなくなる。きっと輝のことも……。
ずっとそうなることが怖かった。それでも輝のことを忘れず前に進みたい。あの気持ちを無駄にしないために、楓は来た道を踏みしめ忘れず必ず帰ってくることを心に誓った。
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