第1話 私、美味しいですよ?

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 市場に着くと、野菜を売っている店の前で止まった。  農夫のマーチンが店主と話し始めた。  値段交渉が成立し、野菜が荷台から降ろされた。  次に馬車は果物屋の前で止まった。  そして果物が降ろされた。  荷台に残っているのは私だけになった。  いよいよね。  私は高値で買われるだろう。  マーチンにはおいしいごはんをいっぱい食べさせてもらったから。  最期に恩返しをしなくちゃね。  馬車は肉屋の前で止まった。  肉屋の店主との商談が始まった。  肉屋の店主が私を覗きに来た。  太り過ぎだわこの人。  マーチンはがりがりなのに、なんでこの人は太っているの?  鳥の目から見ても人間の貧困の格差は問題だと思うの。  せめてマーチンに一時の恵みでもあげたいので、 「ピュピリピリピリィー(私美味しいですよー)!」  精一杯アピールしてみた。  うまく伝わったかしら。  肉屋の店主は三重顎に手を当てて首を捻ったわ。 「さあ、お前ともお別れだ――」  マーチンが檻をのぞき込んだ。  私は彼と目を合わす。  これが今生の別れなのね。  さようなら、マーチン。  嵐の日に軒下で凍えている私を助けてくれた人。  ヒナだった私をここまで育ててくれた人。  あなたは自分の食事を抜いてでも――  私のごはんは欠かさずくれた優しい人。  あなたに幸あらんことを――
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