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その人は、上靴の色からして、1学年上の先輩だった。
私たち1年生は赤色、2年生は青色、3年生は緑色の上靴が定められている。
その人はそれだけ言うと、さっさと図書室を出て行ってしまったので、何も言えずに、勧められた本を手に取ってみる。
可愛い表紙だ。子猫と、背景は白い。大きな文字でタイトルが書かれている。
他の本もちらっと見てみるけど、せっかくだし、これを読んでみよう。そう思って、さっそく図書室の出入り口にある受付に行って貸し出し書に記名する。今日の受付担当の図書委員は知り合いではなかったので、さっきの人が誰だったのか、聞くことも出来ない。気にはなるけど、きっとまた会えるだろう。この学校にいるんだし。顔はちゃんと見てなかったけど。
「羽咲、本借りれた?」
教室へ戻ると、音ちゃんが先に戻って来ていた。
「うん、これ」
「可愛い本だね」
先輩におすすめされた、と言うと、音ちゃんは少し驚いていたようだった。
「図書委員の人?」
「うーん、わかんない。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「ええ?名前は?聞かなかったの?」
「うん、すぐ行っちゃったし。また会えるかなって」
「気になるね」
「ちょっとね」
なんでこれを勧めてくれたのかとか、急に後ろから声を掛けてきたらびっくりすると思わないのかとか。
でも、直接これが良いよと勧められたのは初めてだったから、ちょっと楽しみになってきた。この本を早く読みたいな。
「音ちゃんは?部室にあったの?」
「あ、うん。鉛筆をね、探してたの。ずっと使ってるんだ。絵を描くようになってから、お守りみたいに」
見せてくれた鉛筆は、かなり小さくなっていた。黒色の鉛筆。持ち手も黒。最後の最後まで大事に使ったのか、削られておらず、先は丸くなっている。
音ちゃんは幼稚園の頃から絵を描くのが好きで、ずっと描いてきたらしい。人も、動物も、景色も、たくさん。
でもあまり絵を見せてくれることはなくて、お願いしてもやんわり断られる。だから、美術の時間にこっそり見たら、本当に上手で、でも、そのまま伝えたら、音ちゃんは少し口を尖らせていたのを覚えている。怒っているわけじゃないみたいだったけど。
「良かったね。失くしたら、悲しいもんね」
「うん」
音ちゃんは頷くと、本当に嬉しそうに、安心したように笑っていた。
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