1年目のつぶやき

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1年目のつぶやき

「──今日は特別な日だな」 唐突に、父が呟いた。 厳しかった冬が徐々に和らいでいき、まだ寒さは残るものの、日が差す部分はほんのりと暖かく、春が近づいているのを感じさせている。 父はそんな日当たりのいい場所にちょこんと座って、窓越しに外を眺めていた。 なぜ、父がそんなことを呟いたのだろうかと疑問に思ったが、すぐにその理由を理解した。 ──ああ、そうだ。 思えばあのときの今日は、苦しく辛い日だった。 何もかにもが壊れ、失われ、悲しみだけが取り残された。 そして日に日に増していく不安や絶望。 もうこんな穏やかな日常など戻ってくることはないと、生きている人間たちは考えていただろう。 その先は真っ暗な闇だけ。 光なんて、感じることは出来ないと。 けれど、こうしてまた日常を送っている。 ゆっくりと確実に、みんなはたちあがった。 元に戻ることは出来ない。 しかし、新しく作り直すことは可能だと。 ──そして時は過ぎる。 またその日はやってくる。 繰り返し同じことが起こることはそう滅多に有り得ないが、けれどやはり不安になるものだ。 2012年3月12日。 あの震災から1年と1日。 傷は未だ癒えない。 まだ見通しだって立っていない。 けれと3月11日を何事もなく過ごし、今日を迎えられたこと。 穏やかな日常は、当たり前ではないのだと。 だから、父は思わず呟いたのだろう。 「──今日は特別な日だな」と。
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