The 柚子

2/7
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「弱ったなあ……」 信号待ちをしている間、私は車の助手席を陣取るビニル袋をちらりと見た。 透明な袋の中には緑色の塊がいくつもある。会社の同僚からおすそ分けで「ゆず」をもらったのだ。しかも20個。もらって困るものといえば旅行先のキーホルダーとか結婚式のお皿とかあるけれど、ゆず?私はゆずが大好物なんて言ったことはないし、名前が柚子というわけでもない。 1個や2個なら焼き魚にかけて終わりだが、こんなに多いと使い道に悩む。私がお菓子作りを趣味にしているならゆずケーキか何かを作るかもしれないが、そんな趣味はない。キッチンにほとんど立つことはなく、近所のスーパーのお惣菜コーナーとはすでに腐れ縁の域に達している。 いいえ、自炊はしてますよ。だってお米は炊くから。 そこが私の最終防衛線だ。 「ゆず・・・ゆず湯とか?」 信号が青に変わり、私はアクセルを踏みつつ大量のゆずを使う方法を思いついた。 なにかのCMみたいにお風呂に浮かべてしまおう。15個くらい贅沢に。そうすればすぐに使い切るはずだ。 「掃除がちょっと面倒だけど……」 一人暮らしを始めて3年目。私は浴槽を洗うのが面倒なのでいつもシャワーだけで済ませている。お湯を張るのに気後れしそうになったが、「いや、さすがにまずいぞ」と自分に危機感を覚えた。浴槽を洗うのさえ面倒って日本人としても文明人としてもどうなんだろう。このままでは掃除も面倒になっていずれ部屋がゴミだらけになってしまうのでは。 「よし!お風呂にお湯を張る!これは決定事項!」 私は文明人でいるために車内で大げさに誓いを立て、スーパーの駐車場に入った。 今日の夕飯を買うためだ。我が相棒、お惣菜コーナーは「たまには料理したら?」などと言わずに私を出迎えてくれるだろう。 料理さえ億劫になっている時点で文明人として怪しい?そんなことはない。だってお米は炊くから!
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!