プロローグ

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プロローグ

 悪魔が最も狡猾なのは、悪魔はいないと思わせることだ。  シャルル・ボードレール  お母さんへ  こんな形で最後の言葉を残す僕をお許し下さい。お母さんがこの手紙を読んでいる頃、僕はもうこの世にはいません。僕自身どんな事があってもこのような手段を取るとは夢にも思っていなかったです。しかし熟考を重ねた上での結論でした。今思うのは、お母さんの子供に生まれて良かったという事です。親父の事はあの人に任せて、どうか構わないで下さい。また苦労をするのはお母さんですから。  42歳という偶然にも意味深な年齢ですが、脳裏をよぎる事は小さな頃のお母さんとの思い出ばかりです。僕達兄弟の事を本当によく面倒を見てくれました。良次と美紀が幸福な人生を送っている事は何よりも安心して逝く事が出来ます。ただ、気がかりなのはお母さんに心労をかけてしまう事です。それを考えると一番辛いです。お母さんの人生は何だったのかとも思ってしまいます。お母さんはきっと自分の事はさて置き、僕の心情を心配してくれている事と思います。だけど僕は今、不思議なほど安らかな気持ちです。どうか、どうか悲しまないで下さい。  今身辺の整理を始めておりますが、僕の結婚は果たして幸せだったのか、ふと考えてしまいます。僕自身の幸せは結婚によって得られたのか、未だにその答えは分かりません。子宝にも恵まれました。しかし孝太と奈那子は僕の子供というより、理沙子の子供なのです。そのように育ててしまった僕が悪いのでしょうが、ずっと二人の子供の成長を僕なりに一緒に歩んできたつもりです。しかし現実は打ちのめされるような事ばかりでした。それでも二人の行く末が気になります。それが親心なのでしょうね。高校生の良次が荒れた頃のお母さんの心情が痛いほど分かります。良次は、あの頃の事をよく話します。直接はお母さんに言わなかったけど、あいつなりに後悔していましたよ。お母さんを連れて行ったハワイ旅行は、良次なりの感謝の気持ちでした。今は実業家として成功している良次は僕の自慢です。旅行のプレゼントなんて出来そうも無い僕は情けない限りです。それも理沙子に物を言えない僕が生んだ後悔の一部です。
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