プロローグ

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 理沙子へ  今頃届いた手紙にきっと驚かれている事でしょう。君が今どんな思いで過ごしているかは想像できます。本当に申し訳ない限りです。今日は僕の誕生日。生きていれば44才ですね。そう、僕はもうこの世にいません。僕が失踪してからの二年間は何とか生活できましたか? 子供達は元気でいましたか? きっと大変な苦労を掛けてしまったでしょう。しかしそれが僕に出来る君へのささやかな復讐だったなんて言えば、君はどんな気持ちになるだろうか。本当に情けない男ですが、最後の言葉なので君への僕の気持ちを正直に伝えます。どうか最後まで読んで欲しい。  君は僕との結婚生活をどう思っていたのだろうか。僕は最後までそれを聞けなかった。  君はいつも怒っていたね。僕が君に良かれと思ってした事も、君は反対の意味に捉えてしまう。右を選べば「なぜ左にしない」と言い、上を選べば「下の方がいいのに」と不満を言う。僕は君との生活の中でいつも岐路に立たされていた。その選択は常に君の逆鱗に触れた。これが僕にとって脅威だった事など君は考えもしなかっただろう。  君は完全主義者だが、全能な人間など存在しない。誰でも弱いところはあるし、時には間違える事もある。君もそれを知っていたはずなのに、自身の間違いは認めませんでしたね。しかし僕が君の間違いを指摘した事があったでしょうか。君を非難した事があったでしょうか。夫婦生活をしていく上で、お互いに対して謝ることは絶対に必要だと思う。そして「ありがとう」という一言も絶対に必要だと思う。僕が君に望んだ事はそれだけだったのです。山田君との件も僕は聞かなかった。もし過ちがあったのなら一言でいい「ごめんなさい」と言って欲しかった。
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