再び、なじみの店

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再び、なじみの店

からころと少々重めの音が響く。 休暇を終えて、今日はすっきりとしている。 店の主人と目を合わせて微笑み、窓際の席を選んだ。 今日もいい天気だ。 待つこともなく、かさねが店に入ってくる。 矢内を見付けて、店の主人と挨拶を交わし、それからきょろきょろと店内を探す。 矢内の前の席に座って、今日は基樹、いないでしょうねと言う。 「いないと思うよ。前にいたのはあそこ」 そう言うと、かさねは、ほっと息を吐いた。 「よく判らないな。苦手なの?」 「いや、好きですよ。矢内さんの次ぐらいに。ただ彼はなんというか…色々あるんですよ」 自分の次、と言われて、矢内は反応に困った。 注文を取りに来た店員に日替わりを揃って頼むと、かさねが言った。 「皇焔はどうしたんです?」 「ん?今朝起きたら消えてた。必要なくなったってことなんでしょう?」 「ええ、身食いに対する処置は済んだということでしょう」 話はひと通り聞いた。 それによれば、矢内とかさねは遠い親戚関係になるのだ。 基樹はもう少し近いらしいが、それでも縁戚、されど縁戚。 矢内は、二人きりだった兄弟に、突然家族が増えたことが、少し嬉しかった。 「俺の存在は?」 「そ、それはまあ、う、嬉しいよ…」 「じゃあ泊まりに行ってもいいですよね」 「ほ、ほんとに後悔しないかい…」 「このままの方がもはや耐えられないんですよ」 矢内は断崖の上から下を覗き込んでいる気持ちだった。 だがこのままでは、いずれ彼を失うだろう。 そんなことになるのはいやだった。 「いっ、いいよ…」 かさねは目を大きくした。 「本当に…いや、いい、聞きません、これ以上。今日、泊まりに行きますから!」 そう言ってかさねは、急いで食事を摂ると、逃げるように店を出ていった。 本当にこれでよかったんだろうかと自問する。 答えは出ない。 今夜彼と向き合ったら、答えは出るのだろうか。 そんなことを思いながら、矢内は窓の外を見つめた。
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