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登録手続きには少し時間が掛かったし、家庭訪問や面倒なこともあったけれど、何度か施設で面会した後に無事に半年後の今日にはこうして春花が泊まりに来ることが出来たのだ。
「ねえ、ママ」
春花がえくぼのできる可愛らしい笑顔で私の顔を覗いてきた。
千紘が私をママと呼ぶからか、春花も私をママと呼ぶようになっていた。
春花が親を何と呼んでいたのかも知らないし、ママと呼ばれるのはまだくすぐったいけれど、そう呼ぶことで彼女自身が満たされるならいいと思えた。
「あたしね、お風呂に入りたいの」
「お風呂? まだお昼前なのに」
私が目を丸くすると、春花は照れ臭そうに微笑んだ。
「うん、でもね。今でも嫌なことがあるとね、ここのお風呂を思い出すの。汚くて臭かったあたしがどんどん綺麗になっていって……まるで別の人になれたようだった」
その言葉を聞いて、私は幼いころの自分の心と重なった。
ボロ雑巾のように捨てられていたのに、お風呂に入って綺麗になると人間らしさを取り戻せたような気持ちになった。
「じゃあ、お風呂を入れようか」
「千紘が入れて来る! 春花ちゃんも一緒に行こう!」
千紘が春花の手を引っ張って、2人で嬉しそうにお風呂場へ駆けて行った。
どこまで踏み込んでいいのかは分からないけれど、親戚の家のように、春花が時々来て甘えられる場所になれたらいい。
あのボロボロだった日々の記憶を消すことは出来ないけれど、少なくともこの家では、それを思い出す暇がないくらい満たされてくれたらいいな。
私はそう思いながら、お風呂場ではしゃいでいる2人の声を聞いていた。
【了】
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