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「まだ結婚指輪してないんだね」
塚越は、急に挑むような視線を向けてきた。濃いアイラインに縁取られた目がきらりと光っている。
ロックオンされた。そう感じた。
「うん、まあ、冬のボーナスで買おうと思って」
「ふーん…」
塚越は梅酒のグラスを置いて、腕組みをする。
最新のヒット曲が流れている有線。学生客の騒ぐ声。軟骨の唐揚げお待たせしましたーっ、という店員の声。
自分がこくりと喉を鳴らす音まで、塚越に聞こえているような気がした。
「えっと」
「じゃあ、まだ間に合うのかな」
間を埋めるために何か言おうとしたとき、塚越が言葉をかぶせてきた。えっ、と俺はまぬけな声を発する。
「今なら、まだ誘ってもセーフかな」
とうとう核心に触れてきた。
俺は震える口元を焼酎のグラスで隠すように酒をすする。
「初恋ってわけじゃないけど、でもほんとに好きだったんだ。中学のとき」
制服姿の彼女が蘇る。どこにいても俺を見つけて、蒔田くん、と呼びかけてくる声。
試着室で重ねてきた熱い唇のこと。
スーツを押し上げていた、豊満な胸。
そして今、切実に俺を求める、塗れた瞳。
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