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その言葉は、わたしを不安にした。
「でも……あのね、紘央はわたしの一部なんです。完全に忘れるのは……難しい……かも」
深町さんはふっと息を吐き、わたしの頬を両手で包んだ。
「まあ、出会ったときからきみには彼がいたわけだもんね」
「そうです。そんなわたしを好きになってくれたんですよね」
ホテルの部屋は例に漏れず乾燥していて、わたしの声は少しかすれた。
「そうだけど……だからこそ、彼を完全に忘れたきみに会ってみたいと思うよ」
紘央を完全に忘れたわたし。それは、わたしなんだろうか。
「わたし……深町さんの思うような女じゃないんです。最低なんですよ」
ビッチとか淫乱などといった言葉を深町さんに対して使うのはためらわれた。
「そんなこと言わないで。最低な女だったら好きになるわけないでしょう」
「でも現に今、こうして彼を裏切ってるわけだし」
「裏切らせたのは俺だから。未散は気にしなくていいんだよ」
深町さんはそう言ってやさしく目を細め、わたしの唇に甘い甘いキスをした。
「だからこそさ、早く全部清算して伊豆においで。一緒に暮らそう。もう待てないよ、俺」
清算。
紘央とのこれまでを――。
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