第1章

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 ピンク、黄色、紫、青、エメラルドグリーン、白。  虹を両手に乗せたような気分で、美希はふへへと笑った。時間は23時を少し過ぎたころ。煌々とした明かりのもと、狭い脱衣所でひとり下着姿で突っ立ち、両掌に入浴剤を乗せてほくそ笑んでいるというのはなかなかにやばい姿だと自覚はあるものの、今から服を着直すのも間抜けなので改めるつもりはなかった。疲れてるから許して、と誰にともなく許しを請い、いいよーと自分で答えた。  手の上の入浴剤のパッケージをひとつひとつ目で追っていく。ピンクローズに柚子、ラベンダーあたりは王道であろう。青いパッケージにはグリーンアップルと書かれているから、実は青ではないのだろうか。あれって緑だもんね。そんなことを思いながら美希が選んだのは紫のパッケージだった。ラベンダーの固形入浴剤である。こうしてグリーンアップルのバスソルトの出番はまた今度に回されたのだった。  体を締め付けるワイヤー入りの下着を放り出し、風呂場へ乗り込む。いい季節になった、と思う。だってお風呂場が寒くない。春はあれこれ忙しいし、花粉症でつらいし、新しく着任した上司とはそりが合わないが、お風呂に入るのが苦痛にならないのはよいことである。などと考えていたら新店長の神経質そうな顔が頭に浮かんできたので、頭を振って追い出した。たぶん考えすぎなのだ。今後もしかしたら――3パーセントくらいの確率で――気が合うようになるかもしれない。けれど今はそんな風には思えないのだった。そのまま流してしまえと美希はコックを捻る。するとまだ湯になりきらぬ水が勢いよく頭上から降り注ぎ、美希は悲鳴を上げたのだった。  さて、今美希はのほほんと湯に浸かっている。頭から水をかぶったこと以外は特に愉快なことも不愉快なことも起こらず、洗った髪をクリップで雑に留めてくつろいでいた。ゆらゆらと揺れながら美希の体を包む湯は薄紫に染まっている。その色は、美希の指先のあたりから溶け出していた。正確には、美希の指先が突いたり、時折摘まみ上げたりする紫色の固形物から、であるが。入浴剤はしゅわしゅわと泡と音を生み出しながらどんどん小さくなっていた。その分、狭い風呂場に揺蕩う空気に花の香りが混ざってゆく。
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