第1章

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 ときに、読者諸氏はご存知であろうか。実はこの某それなりに有名な入浴剤、正しい使用方法としては一錠を溶かしきってから使用するものなのである。ホームページにも書いてあるし、なんならパッケージの裏にも記載されている。そして美希はそれを読んでいる。それでもこの溶けてゆくさまを見るのが好きで、わかっていてもついつい同時に湯船に入ってしまうのだった。掌に乗せて、ぱちぱちと泡が弾けるさまを眺める。時折指先から湯を滴らせては泡が立つのを楽しむ。小さく、薄くなってきた欠片をつまみ上げて、割る。その破片を湯に落とす。ふたつになった欠片から、小さくなっても変わらず泡が生み出されるのをぼんやりと見つめた。  卵みたい、と思って首を振った。無数の卵に囲まれている自分を想像したら背筋が冷えたのである。お湯に浸かっているのに冷えるとはこれいかに。ナシナシ、今のなし。声に出して言うと、泡が弾けた。それと同時に頭の中に居座ろうとしていた想像も消えていった。  やがて小さな欠片は完全に溶けきり、泡を生み出すものはいなくなった。美希は改めて湯に体を沈める。狭い湯船だから足を伸ばして悠々とくつろぐわけにはいかないが、膝を抱き、首の後ろを縁に引っ掛けるようにして顎まで浸せば、頭以外は完全に湯の中に入る。ぬくもりがじんわりと体中を押し包む。全身がゆらゆらと波に揺られて、目を閉じれば自分がどこにいるのかわからなくなりそうだった。実は私は小さな貝殻で、今は海の中を漂っているの。考えればそうであるかのような気になってくる。瞼越しに感じる斜め上からの光は月明かりがいい。夜の海を、ひらひらと踊るように漂っている。どこへ行こう。流されるままだけれど。今はまだ浅瀬にいる。波打ち際で波にさらわれて、寄せては返す波に乗ってどこまでも。無人島に打ち上げられて、また波に乗る。魚の群れをかいくぐり、時折尾ひれで叩かれつつ進んでいく。満天の星空に手を振ればウィンクが返ってきた。どこまで行くのと月が訊くから、 「新店長のいないところまで」 と答えた。その途端、店長に似た魚に食べられそうになったけれど、間一髪のところで逃げた。よし、今後はこの方針で行きましょう。三十六計逃げるに如かずともいうし。
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