第1章

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 ふと目を開けると光が眩しかった。瞬きを繰り返すうちに目が慣れてゆく。思ったより長く空想の世界を泳いでいたらしく、頭からも汗がにじんでいた。膝を抱いた手を離し、体を起こして今度はふくらはぎを揉む。立ち仕事で頑張ってくれる脚に最大限の感謝をしつつ、ほう、と一息つく。明日はおやすみ。だからってあんまり長湯をするわけにもいかない。  美希は大きく深呼吸した。温かく、ふっくらした水気の多いラベンダーの香りの空気が体の中に満ちていく。頭の先からつま先まで、全身をラベンダーの香りで満たすようにしてから吐き出した。こうすると体の中のあれとかこれとか、淀んだものが全部出ていくような気がするのだった。吐き切ったら、体が勝手に深く呼吸をしてくれる。何度か繰り返すと、体中がラベンダーに染まったように思われた。 「よし」  勝手に声が漏れ出た。それを合図にして、美希は立ち上がる。脱衣所へ至るドアを開ければ、少し冷えた空気が流れ込む。慌ててバスタオルを掴み、体に巻き付けた。柔らかな感覚に身をゆだねつつ、時計をちらりと見遣る。時間は23時47分。明日は寝坊できる日だけれど、せっかくだから買い物にでも行こうか。そんなことを思いながらパジャマに手を伸ばす。ボタンを留めるさなか、小さく欠伸が漏れた。窓の外では、暗い夜空にぽかりと浮いた三日月が美希を見ていた。
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