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「『早瀬 蓮くん』の話ですよね。知ってます」
変にオブラートに包まれた話など聞きたくなくて、知っているという事実を短く伝えると、平沢先生の話の続きを待った。
「…そっか。やっぱ、木南先生の説得は重みが違うんだよね。母親の気持ち、我が子を失う痛みを、彼女は知っているからね。
彼女、自分が息子にしてあげられなかった後悔を、蓮くんの家族にしてほしくなかったんだろうね。蓮くんのご家族に切々と訴えてたよ。『薬を変えれば、蓮くんの体力は一時的に回復します。蓮くんの行きたいところにみんなで行けます。蓮くんの食べたいものがみんなで食べられます。そんな思い出を、蓮くんにもご家族にも作ったって良いのではないでしょうか。
蓮くんは今までずっと頑張ってきました。ご家族のみなさんも頑張り続けてきた。蓮くんとご家族の皆さんが楽しい時間を共有して思い出を作るご褒美があっても良いではないでしょうか。ご褒美もないのでは、何の為にこんなにも苦しい事に頑張って耐えてきたのか分からないじゃないですか』って。
それから蓮くんのご家族は薬を変えることを決めて、蓮くんが動ける様になって、一時退院してみんなで温泉や遊園地に行ったらしい。蓮くんが嬉しそうに話してくれた」
「…木南先生」
平沢先生の話を聞きながら、蓮くんのお母さんの背中を摩る木南先生に目をやる。
『ありがとうございました』と泣きじゃくる蓮くんのお母さんを『お疲れさまでした。よく頑張りましたね』と労う木南先生。
木南先生は、手先は器用なのに不器用な性格だなと思った。
こういうところをアピールしようとしないから、桃井さんに『冷たい人間』扱いされてしまう。
まぁ、木南先生はそんな事は気にもならないんだろうな。仕事中毒な人だから。
早瀬先生が木南先生を今でも憧れると言っていた理由が、分かる様な気がする。
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